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Mなやつ 管理人 JR
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異文化に育つ日本の子ども アメリカの学校文化の中で

梶田正巳(1997)中公新書

アメリカで英語以外の母語を持つ子どもにどのように英語教育をしているかという取材。異文化と言うか、アメリカです。USA。アジア地域とかアフリカとか別の文化圏の子どもの話も若干期待してましたがまったくありませんでした。これは残念だった点。まあタイトルからしてアメリカだと言ってるのだけどね。

バイリンガルとかひじょうにミーハー的な憧れとコンプレックスがあります。英語わかりませんし。少なくとも帰国子女と呼ばれる人々がいろいろ苦労が多そうなのは偲ばれた。それでもあこがれますがね。わはは。あと津田梅子と山川捨松は凄い。

逆に日本で育つ外国の子どもなんかはどうなってるんだろう。在日韓国人に関しては昔本を読んだ気がする、ちゅうかぜったい読んだのだけど、忘れてしまった。やはりなんか書いとかにゃいけませんな。まあ韓国・朝鮮系は日本在住の外国人としては超メジャーなので、もっとマイノリティな外国人とかどうしてんでしょ。日本のインターナショナルスクールとかナショナルスクールみたいなところに通ってるのかしら。でも都市圏にしかないだろうし、地方だとどうなってんのだろね。(2007-01-12)

パラサイト・イヴ

瀬名秀明(1996)角川ホラー文庫

1995年刊のSFホラー。映画にもなりましたね。映画はなぜか恋愛映画でしたが。視点の展開がけっこうめまぐるしくて、小説読みのリハビリ中のぼくにはちょいと酷だった。原作からして映画的な演出ではある。そのまんまの流れで映画になりそうなのになんで恋愛映画になっちゃったんだろか。あれはあれで面白かったけども。CGが安っぽくていろいろぶち壊していたような記憶はある。

ミトコンドリアが自立して人間に立ちはだかるお話です。専門知識が必要とか、巻末に用語集ついてたりするので怯みますが、そんなことは全然ないです。少なくとも解説で書かれてるみたいに「ミトコンドリアが人類征服をもくろむというB級ホラー的荒唐無稽さと一線を画す」必要は無いし。荒唐無稽なB級ホラー万歳です(B級は糞賛辞です念のため)。

聖美さんの存在感がいまいち希薄なせいもあって安斎父娘のほうばっかり気になってしょうがない。どうかどうかうまいこと助かってもらいたいと、そればっかり願ってました。ほんの10年前だけども移植医療の周辺もだいぶ様変わりしましたな。

そらそうと単行本当時に科学的な突っ込みのあった記述を一部差し替えてあるんですが、エンディングに係わる部分とか書き換え前はどうやって畳んでたんでしょうか。ちょっとになりますね。(2007-01-12)

東海道戦争

筒井康隆(1973)ハヤカワ文庫

真鍋博の表紙がいかす。短編集です。初出は1965年。筒井先生も30歳そこそこで若い。デビューしたてのころかしら。スラプスティックSFのイメージが強い作者ですが、割とオーソドックスに見えるロボットSFなんかも書いてたんですね。ちょこざいで鼻持ちならなくて人間臭いキュートなロボットを書くのが巧すぎ。ジョブとか最初1984系コンピュータかと思ったらヘタレこの上ないし、人間のセックスに興味津々なアメリカンとかオーバーヒートして爆発しまくるロボット記者なんて最高です。藤子不二雄のタイムパラドックス物のモトネタみたいなタイムマシンの話もありました。

表題作は東京と大阪で内戦をやらかすといプロット。65年というと安保闘争も記憶に新しい頃でこれリアルタイムで読んでたらかなりどぎつかったでしょうな。創価学会をおちょくった「堕地獄仏法」なんぞは今でもどぎついか。(2007-01-08)

宗教世界地図

石川純一(1997)新潮文庫

1997年、というともう10年もまえですか。オウム真理教が日本を騒がせた頃ですな。巻末に引かれているムスリムの発言「仏教とは要するに生活の知恵の集大成のようなものだろう。教義とは言えない」にものすごく突っ込みたいので突っ込んでおく。まあぼくもとりたて仏教徒というわけじゃないし、神仏習合世界観をもった普通の日本人なんですが、それでも突っ込む。「要するに」と言えるほどあんた仏教を知らんだろう、と。でもまあぼくも「要するに一神教」で向こうの神様を片付けちまうことが無いとは言えないのでいかんのですがね。理解の乏しいものは要さずに語ってみたほうがお互いうまくやっていけるのでしょうね。

あと本文中に使われてる世界地図が割と美しくて好きです。(2006-12-30)

親指Pの修行時代 上・下

松浦理英子(1995)河出文庫

初出は93年。河出書房新社。余談ですが「かわいでしょぼう」だとずっと読んでました。「かわでしょぼう」です。人前で口に出す前に気付いて良かったよ。

足の親指が男性器になるというあまりにも有名な幻想で知られる松浦理英子の小説。文庫を買ってきました。当時結構話題になっていたのを覚えています。ぼくのあんまりにも平凡な想像力では作者の幻想を過不足無くカバーできたかどうだかはなはだ不安ではありますが、とりあえず通読。作者は男性にいろいろ性的なこと男性心理についての取材をしたらしいですが、もういい加減男性女性でくくりにくくなっているのかも。93年という時代的なものもありそうだし、あるいはぼくの男性観がちっとおかしいのかもしれませんが。その辺縁の違和感が割と。

女性論的な視点でこの小説を読み解くと言うのはいろんな人が十年前に腐るほどやってそうだし、何書いてもおそらく二番煎じだし、理屈に走ると幻想をぶち壊しそうなのでぼくはパス。よかったです。恋愛小説として。いや、いいかげん恋愛小説とかいう単語がこっぱずかしいので幻想小説として。ファンタジーとして。娯楽小説として。ブンガクサクヒンとして。少なくともそれ以上とかそれ以下とかいう言説には価値を感じません。天然系の登場人物が繰り広げる掛け合いはそれだけでも楽しく、特に後半の山場での主人公の「忘れてた」発言はかなりのツボでした。一人一人で一本ずつ長編が書けそうなフラワーショウのメンバーはみんな魅力的過ぎます。庸平さん渋い。政美かっこいい。(2006-12-27)

人のセックスを笑うな

山崎ナオコーラ(2006)河出文庫

初出は2004年ですな。せんだって文庫化されたので買ってきましたが、やはり割高感が。もう2、3編収録して欲しかった。贅沢でしょうか。でも装丁と大きめのフォントも含めて作品なのかもね。どうだか。そういえば以前初めて書店でこの本のタイトルを見かけた時は風俗ルポかと思ってました。小説です。恋愛小説。がらじゃないですか。そうですか。

タイトルとペンネームが群を抜きすぎていて、いまさら言及するのがこっぱずかしいと言うか。20歳年上の女性との不倫とかいう変則シチュエーションも敢えて突っ込むのが悔しいと言うか。もう一遍収録されてる短編は女性の格好した男性と男性の格好した男性の恋愛の話。やっぱり変化球。高橋源一郎が解説で小難しいこと書いて誉めてますが、「読みやすい」「面白い」「センスがいい」「楽しい」「ものすごーくわかりやすい小説」でいいじゃないですか。もう。小説なんてそんな小難しいもんじゃないはず。第一この作者は変化球をほおっておきながら、その方面はちっとも掘り下げようとしない。掘り下げだすと小難しくなりそうなんで掘り下げないのか、そもそも舞台装置の一部でしかないので掘り下げるという発想自体がないのか。さらりさらりと流す。普通の同年代カップルのような20歳年上の女性との不倫。異性カップルのような同性カップル。もう気持ちのよいくらい。じゃあファンタジーかと言うと、そんなことはなく、艶かしいリアリティを感じたりすることも端々にある。すごい。

なんというかこの人の書いた文章をもっと読みたいと思わせられる。味わい深い文。言葉の快楽というか読んでて気持ちいい文。このタイトルを示唆するような一文が後半出てきますが、その一文を書くために、あとラストの一文を書くために100ページ余り積み上げたんじゃなかろうかという気がする。そのとっておきの出し方が見事。奇抜なペンネームとタイトルはひょっとすると文藝賞向けのプロモートだったのかもしれないけど、そう考えるとかなり懐深い作者ですな。あ、恋愛小説として、恋愛小説なんて(そう銘打たれたものは)ついぞ読んだことなかったですが、素晴らしいと思います。恋愛、というかセックスしたくなります。わはは。恋愛小説ってそういうものなのか? 知らんけど。(2006-12-20)

犯罪学入門 殺人・賄賂・非行

鮎川潤(1997)講談社現代新書

この本と、あと詐欺の心理学とか現代の犯罪心理とかが本棚に並んでいたのを見た親が実に微妙な顔をしていたのが忘れられません。当たり前ですが犯罪のHowTo本じゃありません。宝島社ならそういう本も出してそうですが。

読みやすく面白いトピックが並んでいる。殺人、薬物、組織犯罪、性犯罪の例示とその特性の考察。少年犯罪の日本とアメリカの司法制度の違いとか、環境犯罪学、被害者学についての言及など。後半の密度が濃いかしら。最後は自己成就的予言の仕組みとマスコミの関係性を指摘して締めている。自己成就的予言って曲者ですな。マスコミはどうしたって関わらざるを得ないし。ある程度はやむなしとして飲み込むしかないかもね。飲み込んだ上で、マスコミが伝えるリアルと日常生活のリアルとストレスなく住み分けるのがいいんでしょうね。タバコの注意書きみたいにテレビにテロップだしとくべきかも。「情報の質と信憑性にはくれぐれもご注意ください」メタ過ぎるかしら。(2006-12-17)

平均 順位 偏差値-データに負けるな!-

吉村功(1984)岩波ジュニア新書

読むのが15年遅かった感じがします。ジュニア新書のターゲットになっていた時期に読んでおくべきだったとつくづく。タイトルにあるような数値の意味、読み取り方のわかりやすい解説。偏差値の求め方なんて正直知らんかった。わはは。

20年以上前の本で、いまさら読んでるぼくが偉そうに言うのもなんですが、万人にお勧めしたい。全員読むべき。中学一年くらいの必修科目にしてもいいんじゃないだろうか。計量化の一面性の話、分布のひずみの話、確立の話、データの見かたの話。データは正しいが結論がおかしい場合もあるし、結論ありきでデータをゆがめてしまってるケースもある。数字を正確に読もうと思ったらいろいろ気を回さなきゃならずたいへんです。昨今はデータが目に付く機会も多いですし。筆者が言ってるようにそのデータの重要性にあわせて「無視するかおまじない程度に利用する」のが知恵なんでしょうね。(2006-12-16)

沈黙のあと

ジョナサン・キャロル/浅羽莢子訳(1997)創元推理文庫

雰囲気としては「氷点」が近いかしら。最後に救われない氷点。滅びのカタルシスです。救われませんがカタルシスは本物。推理文庫ですがミステリじゃありません。念のため。東京創元社の分類的にはファンタジーになるのかしら。

読者の心をわしづかみにするというか、首根っこ捕まれて引きずり込まれるようなオープニング、そして毒の無いホームドラマのごとき幸せいっぱいの序盤から中盤、ぼくはキャロルの他の作品を読んでいるので勝手にむくむく不安が沸き起こってくるのだけど、初見ならほんとにホームドラマですね。ハーレクインって一冊も読んだことないけれど多分こんな感じでしょう(超偏見)。もちろん気取っててぺダンチックで寓話的なキャロル調なホームドラマ。

その不安が的中するというか、坂道を全力疾走で降りていくような後半、加速度つきます。キャロルの作品はたいていそうですが後半は加速装置付で最後までとまりません。これじゃカーブ曲がりきれない!! などと思った頃合で見事にガードレールを突き破って崖下にまっさかさましてくれます。そういう小説です。最後の5ページが際立って速い!エンディングは相変わらず見事。あの5ページのためにそれまでの300ページ、7年余りの叙述があったと言っても過言ではないはず。

あと、やはり抜きでは語れないのが浅羽莢子。多分キャロルが好きという人は半分以上は浅羽莢子が好きなんじゃないかと思う。ぼくがそうだし(ぼくだけか?)。不謹慎ですが、彼女の翻訳の新作がもう出ないと思うともうひたすらに残念でなりません。(2006-12-11)

エスキモー 極北の文化誌

宮岡伯人(1987)岩波新書

アラスカに定着しているユッピックエスキモーの文化の紹介。余談ですが。トゥピラックという呪術人形の写真が後半出てくるのだけど指輪のゴクリみたいでじつにかわいい。フィールドワークの心得に始まり言語を習得し分析するところから始まる。本多勝一がルポを書いたのは東のエスキモーでこちらは西のエスキモー。ぼくはどうしてもメルカトル図法の呪縛から逃れられないところがあって、西と東でずいぶん距離がある印象を持ってるんだけど、実際はそれほどでもない。

言葉というのが実に文化の根源に深く関わっているのを感じた。北極圏で猟をするときにはユッピック語でなければ語彙不足になる話とか、東グリーンランドの忌み言葉の話とか。外国語の文法の話なんかは小難しいのが相場だけど(なにしろ自国語の文法すら難しいのだし)エスキモー語の複雑さは本文の解説を読んで貧弱な想像力を働かせただけでもなにやら難解そうなのが見て取れる。「俺はお前におおきいカヤックを作ってもらいたいのだけど」という「単語」ってなんじゃそら。そこを身振り手振りからはいって言葉を習得していくと言うのだから脱帽ものである。(2006-12-05)

詐欺の心理学

取違孝昭(1996)講談社ブルーバックス

寸借詐欺というか半ば物乞いのようなのに遭遇したことはあります。二回。一回はなんとなく数百円渡し、一回はなんとなく渡さなかった。半ば物乞いと表現したのは金額が寸借と言ってもあまりに小額なのと嘘が見え見えだったから。半ば詐欺だというのは一応ストーリーを作って「借りる」という手続きをとろうとしているから。まあこの本に紹介されてるのに比べると手口が稚拙すぎるわけですが。

心理学というタイトルがついてますが、いろんな詐欺の手口の紹介してる部分が大半。1996年の出版ですが。おれおれ詐欺の手口みたいなのも既にでてきている。社会のシステムが複雑になってツールが多様化しても人間の考えることはそんなに変わらないということでしょうね。情報化がすすんだおかげで今では通用しなさそうな手口もある。システムの盲点を衝くやり口とか。でも人間の心理の盲点を衝くやり口はどうしたってなくならないでしょうね。そりゃ引っかかるほうが自然にできているんだもの。(2006-11-15)

論理的に考えること

山下正男(1985)岩波ジュニア新書

この本は中学初年級の学力さえあれば読み通すことができます。などと序文に書いてあっていきなりプレッシャーと言うか。読み通しました。一応。いや、すんません、一部読み飛ばしました。この手の話が本当に苦手で、ちょっともっともらしいことを言われるとあっさり鵜呑みにしてしまうので気をつけようとはおもっとるのですが。それにはこういう素養が必要だとは思うのですが。難しいねえ。

多分ちょっとおかしな推論形式をとっているものの大半は常識的に判断できるとは思います。でも共感できる結論とか導かれるとやばいですね。結論から食ってしまうと芋づる式に過程も飲み込んでしまいかねない。本当に気をつけよう。(2006-11-08)

ユダヤ人

上田和夫(1986)講談社現代新書

ユダヤ教を信じる人がユダヤ人だと高校の先生が言っていた(というかこの手の余談ばっかり覚えてるな)。その後、ことはそう単純でもないらしいことをなんぞやの本で読んだ。長いことぼくのユダヤ人のイメージは中学校の頃に読んだ「アドルフに告ぐ」のパン屋のアドルフだったので、まるっきり西洋人のイメージであり、ナチスがどうやってドイツ人と区別しているのやら不思議でしょうがなかった。あのマンガは超が地球7週半するほどつく名作だけどユダヤ教とかそのへんの話題にはあまり触れて無かった気がする。というかユダヤ人とかナチスとかパレスチナとか周辺の知識を適当に詰め合わせてから読むとラストの物悲しさが全然違う。

アドルフに告ぐの話じゃなかった。この本はユダヤ人の歴史のさわりのさわり、入門書みたいな感じ。新書で480円というのが古さをかもしだしてるというか、本高くなったよなあ。安いペーパーバックが増えてるのも確かだけど。まあどんな商品もデフレで店頭価格が安くなっても定価はそんなに変わってないし。(2006-11-07)

24人のビリー・ミリガン

ダニエル・キイス(1999)早川書房

堀内静子訳、初出は1981年ですね。ダニエル・キイス文庫上下巻。著者名でレーベルになるってすごい。ノンフィクションと言われてにわかに信じがたいのは多分キイスがうますぎるせいもあるな。構成力というか演出力というか。元来小説家だしね。しかもメインを張るいくつかの人格(アーサー、レイゲン、アレンあたり)は抜群に魅力的。

うがったことを言うと、殺人をしていないというのは大きい。仮定の話は意味が無いかもしれないが、連続レイプ犯ではなく連続殺人犯だったら判決が変わった可能性があるし、解離性同一性障害への印象も全然変わってきたかも(別にレイプがことさら軽い犯罪だと言ってるわけではないので念のため)。良くも悪くもそれだけの烙印性の強い病気だし、キイスはどちらに振れたとしても世論をゆさぶりまくる本を書いたことでしょう。日本では連続幼女誘拐殺人事件の犯人にこの診断が出たことがありましたね。あれは採用されなかったんだっけか。それはそれとして評価せずに刑が決まったんだっけか。

医原病だといってる人もいますが、ストレスという言葉が人口に膾炙するまではみんなストレスとは無縁だったとか、コレラ菌が発見されるまでコレラは無かったとか言うような話のような気もする。顕在化したのが今だったと言うだけで。もっとも若干余分に顕在化してる面がないかといえば無いこともないのでしょうね。ややこしい話です。そのあたりのことも香山リカが解説でちょこっと書いてます。(2006-11-01)

ウルトラマン研究序説

SUPER STRINGSサーフライダー21(1991)中経出版

こちらは社会系分野からの考察も加わっている。科学特捜隊の組織論とか法学的な検討とか。怪獣の死体処理の話とか。素晴らしい。ゴジラ生物学序説は生物学に限っていたのでハードSFだと書いたけども、もちろんその要素もある。科学的な検討もされているので。それに加えてポリティカルフィクションとしてみる観点も加わっているように思う。まあ両者を敢えて区別する必要も無いのだけどね。

ウルトラマンはカラー放送のかなりど初っ端の作品なんで割と色みが古臭いというか、独特の味わいがあって。ウルトラQの雰囲気も引きずってて宇宙人とか割とリアルに怖いし(ダダとかケムール人とか、夜中に一人で見てたらまじで怖い)全体的に薄暗いライトと電子音電子音したSEもいい。映像が鮮明になると特撮の粗が見えてしまうというジレンマがありますけどもそのあたりのバランスもいいんですよね。(2006-10-02)

ゴジラ生物学序説 妄想から科学へ

SUPER STRINGSサーフライダー21(1992)文藝春秋

ゴジラの存在を最先端の生物学の研究成果(1992年時点)をもとに解析している。ど素人のぼくでも充分面白かったが多分生物学の素地がある人のほうが数倍楽しめるでしょうね。ゴジラという作品世界をハードSFとして捉えなおす作業といえるかもしれない。というかハードSF作品としてのゴジラの設定集といってしまうこともできる(もちろん非公式ですが)。

空想科学読本というシリーズがあって、特撮やSFの作品世界で起こっていることに科学的に突っ込みを入れるというものでしたが、この手はその逆ですね。作品世界で起こっていることをあくまで事実として捉え、その現象に至る過程を科学的に説明しようとこころみてる。

社会系分野からの考察が加われば完璧ですな。そっちも興味がある。昔ガメラ2だか3だかで「怪獣が出現しましたので列車の運行を見合わせております」というような車内アナウンスが流れるシーンがあって感心した覚えがあります。怪獣がリアルに出現しうる世界の日常性というか、そういうのが描かれてるとなんか嬉しい。VSビオランテなんかは消化しきれてていたかは別として怪獣と戦略的に対峙する人間という構図がでてきて実に素晴らしかった。ビオランテの話も出てきます。動物と植物の細胞融合がいかにして可能になるのか(半分も理解できなかったが)解説してあります。(2006-10-02)

はばかりながら「トイレ文化」考

スチュアート・ヘンリ(1993)文春文庫

これは面白かった。まずぼくは下ネタ反応速度が小学生並な部分があってこの手の話が大好きである。そのレベルでこの本を語っている時点でお里が知れるのだけど事実好きなのだからしょうがない。トイレ文化史、というよりトイレ、排泄に関するうんちく集のおもむき。著者は人類学者として著名な人なのでネタの収集にはことかかなかったであろう。

排泄という身体行為はいかな人種民族地域を問わず必ず伴うものであるので文化人類学者の比較対象としてはまことにおあつらえむきというか、文字記録として残りにくいという側面もあわせると、むしろ文化人類学者がやらずに誰がやるのかという感じでさえある。まあ誰がやってもいいのだけどね。

あとこういう網羅的な叙述は好きです。文献の取捨選択とトピックの構成方法のセンスが問われ、何より広範な引き出しが求められるので誰でもできるわけじゃないだろうが。松本弥がコラムをたくさん書いている。エジプト関係の本を書いてる人だろうか。(2006-09-08)

オヂがパソコンを買うという暴挙

田淵純一(2000)アスキー出版局

MacPowerというMac雑誌を2002-3年くらいまではちょくちょく買ってました。そのなかの連載記事「私を初心者とか、ビギナーと呼ばないでいただきたい!」を単行本化したもの。まだ連載してるかしら。どうかしら。最後のほうはある意味この記事が読みたくて雑誌を買ってたようなものだった。連載開始から半年以上はまったくMacに触らず(なにしろ購入していないし)このさいドスブイのサブノートを買ってしまおうかとかMac雑誌とは思えないようなことをのたまいつつも、買うや否やものすごい勢いでMacにはまっていくドキュメンタリー。というか散文ですな。

私はパーソナルコンピューターが嫌いである。信頼に足るものだとは思っていない。喜々として使っている人を見ると、その人まで信用できなくなる。とは連載1回目の弁。95年くらいだろうかね。それが1999年頃には「20万円以下だったらとりあえずすぐにでも買う」と妄想200%でiBookを欲しがっている。このはまりよう。単行本で一気読みすると5年分のタイムスケールが圧縮されるので尚更おかしさがこみ上げてくる。

あと、読んでた人にはわかってしまってるでしょうが、ぼくは多分にこの人の文章の影響受けてるね。昔は強調フォントも頻繁に使ってたし。(2006-09-02)

信長と信玄

津本陽(2001)角川文庫

初出は1999年。『下天は夢か』って読んだことがあるようなないような。どっちだったか。実家にあったのはおぼえてる。もちろん小説とエッセイじゃあ違うと思うけど、この文体に覚えが無いので読んだことないかも。織田信長と武田信玄を比較している。天下布武の道筋をつけた信長と一地方勢力で終わった信玄ではタイミングと地の利、運の問題もあるにせよ器が違うという結論かしら。

まあ違うのかも知れず。でもあの時代にあからさまに名実とも頂点を目指していたのは信長くらいのものではなかったのかしら。そこが天才性であると言えば言えるし、異常な点でもあるのでしょう。信玄は決して天下は狙っていなかったと思う。義昭にそそのかされた時はその気になったかもしれないけども。戦略の立脚点が違うのだから「戦国大名は皆天下統一を目指していた」という先入観で持って勝手に評価を決めるのもどうかとは思う。(2006-09-01)

大江戸えころじー事情

石川英輔(2003)講談社文庫

初出は2000年。作者は江戸民俗誌の本をたくさん書いてるけど、SF作家の顔しか知らなかった。文明批判をそれなりにしている。江戸時代が素晴らしいということを書くのにわざわざ現代を引き合いに出すという手法が若干うっとおしい面もある。それに目をつむればテーマも内容も面白い本なのにもったいない。まあぼくが嫌いだというだけでこの手の文明批判が好きな客層というのははいるのでしょうね。

なにより当時の挿絵がいっぱい引用されているのが素晴らしい。個人的にこの手の絵は大好きなので。いまさらいやしないとは思うのだけど江戸暗黒史観を持ってる人は多少開眼するかも。(2006-08-29)

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