世界史というくくりもいまさらどうかと思うのですがね。わたしゃ苦手でした。世界史。全世界スケールで俯瞰する能力はけっこう素養がいるように思います。というか地理政経も含めた一大人文科目にならざるを得ない気がするのだけど。まあそれはスケールの問題でニッチな地域史でも同じような事情はありますね。
まあ苦手だったけど嫌いではなかった。これは嗜好の問題。オリエンタルな地名には目がないのです。イスファハンとかダマスカスとかいまでも残ってる名前はありますね。中央アジアから中東小アジアにかけてが実にいい。世界史の時間はもっぱら図説の地図をながめてうっとりしておりました。だから試験ができなかったのだろうな。
あとは例えば生物と古典はいろんな事情でまともに授業受けずもっぱら内職に励んでましたね。それでも単位はあたった。数学のテストなんか結構派手に赤点をいただいてた気もするけどそれでも単位はあたった。いまの単位未履修問題を見てどうなってんだと憤るほど昔はちゃんとやってたかというと、まあそんなことはなかったと。いい加減なあなあでうまいことやってきたじゃないと。そういう話。
ちょっと前に盛大に飲酒運転が問題視されたけど以前は誰も飲酒運転してなかったかと言えばやっぱりそんなことはない。虐待とかいじめも今になって急増とか、そんなこともない。虐待認知件数は増えてるみたいですけどね。検問を増やしたら交通違反の検挙人数が増えましたとかそういうレベルの話でしょうね。楽観的にすぎるでしょうか。
鉄砲の音を「たあたあ」と書いたのは、誰だったか。僕は、車の走行音を「ろうろう」と子供のときに作文に書いたことがあるが、「これは変だ」と指摘されたので、以来使っていない。電車は「うぃんうぃん」か「だあだん、だあだん」だと思う。自転車は「きるきる」だと思うが、書かないようにしている。 MORI LOG ACADEMY:擬音語
車が「ろうろう」って素晴らしいセンス。変だと指摘した人が万が一国語教師だったとしたらちょっとさびしい。車はマニュアル車とAT車で割と違いますよね。電車の感覚は結構近い。音というよりリズム。「たたんた・たん」けっこう頻繁に拍が変わって退屈しません。擬音といえば詩人にはうまい人が多い気がしますね。宮沢賢治とか中原中也とか。サーカスの「ゆやんゆよんゆやゆよん」
なんて(微妙に違うかも)絶妙すぎてブランコを見るたびにそう聞こえてしょうがない。実際に音なんか聞こえてないのにも関わらず。言葉というのはおそろしい。コケコッコーとか初めて口にした人は天才ですね。
一応発音記号という便利なものがあるわけだから、いろんな音色も機械的に近い所をあてはめることはできそうだ。声帯模写の師匠なんかは車の音だろうが自動車の音だろうが口から発音してくれるわけだし。でもそうすると「正しい日本語の擬音語」みたいなのができちゃって賢治も中也も破格扱いになっちまうかな。まあ破格でも差し支えないけど、「その擬音語は間違ってます」とか指摘する人が増えるとうっとおしそうではあるね。そういえば以前テレビ番組で声楽家が声で電話の呼び出し音を模写して電話をかける企画をみたことがあるけどなんの番組だったかしら。トランスなんかの歌詞を擬音語みたいに捉えて空耳的に楽しむのもラジオでよくやってますな。今はJFL系の名古屋のZipがYambooのMapoukaを強烈にプッシュしてます。ちょっとはしゃぎすぎとも思えるくらい。
ニューアルバム出したみたい。チェックをサボってたのもあって、しゃべり声を聞くのは7、8年ぶりくらいだったりするのだけど(さぼりすぎだな)声変わってないなあ。まったりする。極端にエッジの無い歌い方も。エッジがないくせに言葉が立ってるのはなんでだろう。3rdアルバムが出た時友人が最高傑作だと言っていたけど結局まだ手に入れてない。というか、もう売ってないな。
鍋で炊いたらお焦げが自在に作れるじゃん、といまさら気がついた。子供の時分、多分当時はガス釜で炊いてたんだろうと思うけどそれなりにお焦げが混じったご飯は香ばしくて大好きでした。今のうちの炊飯器ではちょっと無理。二度炊きすると底の方がうっすら黄色っぽくなるけど全体の水分のほうが余計にとんじゃってよろしくない。おこげで梅茶漬けをこしらえたら美味しかろうということでいそいそとやってみました。
とりあえず普通に炊いて最後の蒸らしに入る前に強火で十秒。焦げなくてももともとだし、やりすぎたら雑炊にすりゃいいやと思って調子に乗ってさらに十数秒。果たして蓋を開けてひっくり返してみれば、まあ見事なお焦げ。茶漬けで食おうと思ってたけどあまりにも香ばしくて美味かったのでそのまま食べちまいました。これは中華おこげを試してみるべきかも知れませんな。あんかけをつくるのがたいへんそうだけど。
なんかチャーハンをおかずにごはんを食べるとかコント寸前の食生活に陥りそうですが、チャーハン、というかバターライスというか、まあのこりもの焼き。ハムと玉葱を刻んでバターで炒めて梅干の叩いたのと山椒をたっぷり。なんのことはない胡椒が切れとるのです。麻婆豆腐をつくるときにしか使わない山椒はたんまり残ってるので隙あらば使う。ご飯入れてさらに山椒。バターと山椒は合います。びっくりします。あんまり高級な山椒はどうだか知りませんが丸瓶の100円のやつは抜群にバターに合う。やたら爽やかなバターライスができました。普通に野菜炒めにも合いそう。
ベーコンとバター、塩コショウでジャガイモを炒めたのがジャーマンポテトですが、醤油と砂糖、豚バラと玉葱でつくれば肉じゃがですな。ちなみにジャーマンポテトはトマトを一緒に炒めたり玉子を半熟で絡めたりしてもうまいです。で、チャイナポテト。オイスターソースと山椒とごま油でつくる。そいだけです。ネーミングは適当。
ジャガイモを一口大に切って茹でる。お湯を切ったらフライパンに移してごま油とオイスターソースと山椒を振って出来上がり。豚と玉葱入れたかったけども無かったので超手抜き超シンプル。実はオイスターソースも足りなかったので砂糖醤油でごまかしました。100均スパイスの山椒はこれでもかってほどに振ってもなかなか香りが立ってきませんな。中華料理屋で厨房で挽いてる山椒と比べるのもあれですが。炭水化物とりすぎて膨満感がすごいです。やはりというかジャガイモ食おうというときはご飯いらない。左手に茶碗が無いと落ち着きが悪いのも事実だけど。
今はミカエラバンドらしい。木村カエラっていまさらながら絶妙すぎる人選。ほかの人が思いつかない。いやぼくの狭い知識の中で思いつかなかったところで知れてますが、それほどにしっくりくるちゅうことです。10月25日には「NARKISSOS」発売。欲しい。なによりこういうときにノータイムで予約できる経済力が欲しい。
ファンの評判はあまりよろしくないのですが、89年再結成時のこのアルバムがぼくはかなり好きです。買ったのは93年くらいかしら、もっと後だったかしら。冒頭のBoys&Girlsなんか何度聞いてもうっとりしてしまうのだけども変態でしょうか。ゲストミュージシャンに忌野清志郎とか小林武史なんかもクレジットされてて油断がならない。清志郎のバッキングボーカルなんて浮いてしょうがない気がするけどよく聴かないとわからない。
桐島かれんのボーカルもいい。ライブイントーキョーの映像を見たことがあるけどフロントに据わる彼女は存在感抜群で実にかっちょいい。ミカエラバンドもメインボーカルは持ち回りみたいだけど、誰が歌っていようがこのバンドのフロントには「ミカ」が必要なんでしょうな多分。
炊飯器は見た目がどんどんぼろっちくなっていくけど一応健在です。それはそれとして、鍋で炊くと美味いらしいという話はかねてから聞いてまして、やってみようかと。土鍋がいいらしいけどそんなものはもってないので普通のステンレスの片手鍋。米2合を洗って浸水。炊飯器の内釜の目盛りでもって水加減をあわせて鍋に移して火にかける。5分もしないうちに沸騰するので蓋があかないように重しをして火を弱めて5分。ご飯のかおりが凄くて、新米でこれをやったら気も狂わんばかりにうまいんじゃないかと思うのだけど、まあ新米じゃありません。余熱で5分。蒸らしに10分。焦げ臭いような気配はあったのですが全然焦げ付きもせず、炊き具合もグッドで、こんなにあっさりうまいことできるとは思いませんでした。心なしか飯粒が立ってる気がするね。気のせいだろうけど。梅干二個と佃煮で頂きました。
ネックは一口しかコンロが無いので同時におかずが作れない。まあだからこそ梅干と佃煮で食ってるわけで承知の上で試したんだからいいんですけど。あと、電熱コンロなのでガスコンロだと同じようにうまくいくかも疑問。ガスだともっとあっさり焦げそうな気はするなあ。どうだか。
実家からかっさらってきました。やはり梨といえば独断と偏見でこれです。でっかーいの。1個1kgはあるね。剥いてるそばから水気がしたたってもったいないのなんの。この歯触り、この瑞々しさ、この甘味、抜群ハッピーです。いい季節ですな。
パキスタンがやらかしてからら8年ですか。まあおそらく平均的な日本人はそうなんじゃないかと思いますが、ぼくはなんというか放射能にがつんと忌避感があって。核戦争で人類全滅なんて半世紀前のSFのネタで、遅くてもソ連が崩壊した頃には打ち止めになってたはずですが、21世紀にもなって何やってんでしょうか。かの国は藤子F御大の「イヤなイヤなイヤな奴」のミズモリみたく国連に雇われてるんじゃあるまいな(ミズモリには役不足で失礼か)。90年代にもやらかしてたインド・パキスタン・フランスもついでにあげつらっとく。もうね、他のこと一切合財棚に上げるけど日本以外の国は圧倒的に広島長崎へのリスペクトが足りん(たまに日本も足りとらんが)。
10月になってしまいました。雨です。いい感じです。夜中に近所の国道に出ると、車通りもなくひっそりとした中に街灯がぼやけながら連なって道の真ん中でずっと眺めてたくなったりしますな。人に見られて通報されるとやっかいなのでしませんが。
バングラデシュのカレーと言えば「もの食う人々」の冒頭で残飯のカレーを食う話があまりにも強烈で。たいして美味しくもなかったであろうカレーの、むしろ「まずかった、しくじった」という描写が何であんなに旨そうなんでしょうか。これが文章で食ってる人の力というものだろうか。いや、自分だけかな。
で、機会があって食ってきました。残飯じゃないですよ。バングラデシュカレー。もっと名前をしつこく聞くべきだった。料理名が聞きとれなんだ。とりあえずジャガイモとタマネギとチキンのドライカレーといった趣。というかもはや野菜炒めのごときスーパードライ。スパイスはクミンがだいぶ効いてたかしらん。おいしゅうございました。一応陸で続いてるからかミャンマーからバングラデシュ、ネパール、インドにかけては料理に連続性があるような。というかそれをいいだすと中国からおフランスまでつながってしまうのですけどね。食文化の伝播とか考えると面白いですね。
アルバム「寒水魚」収録。1982年。中島みゆき御大です。いまさら気がついているというのも恥ずかしいのだけど中盤からクライマックスにかけて。マリンバ? 美しすぎる。ちょっとぽーっとなってしまった。あまりにもトラッドな曲調と歌謡曲風のアレンジにだまされて聞き流してしまっていた。不覚です。しかもこれを書くに至るまでなぜか「生きていてもいいですか」収録だと勘違いしまくっていたこっぱずかしい。もう口が裂けてもファンだとは言うまい。